マタニティブルーを産前に解消した方法!先輩ママの経験を集めました!

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マタニティーブルーは、ホルモンバランスの変化で怒ると言われています。
妊娠中はホルモンバランスが大きく崩れるので気分の変調が起きやすいのです。

ホルモンバランスの変化は妊娠に伴いみんなが経験することなので、
マタニティブルーは決して特別なものではなく、誰にでも起こる可能性があります。
マタニティブルーが特に多く現れる時期は、妊娠初期と妊娠後期です。
妊娠初期はつわりが始まるので、吐き気がひどく、食事もとれず、
苦しい日々が続く人が多いため起こりやすく、
後期では妊娠生活や育児への不安、出産の痛みへの恐怖、
行動が制限されることへのストレスなども原因の一つになるようです。

そこで今回は産前のマタニティブルーを経験した先輩ママの経験談を集めてみました。
どんなきっかけでマタニティブルーに気付いたのか?
そしてどうやって乗り越えたのか?
今この記事を読んでいるあなたの役に立てば幸いです。

妊娠初期のマタニティブルー経験談

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妊娠が発覚した頃から気持ちが不安定になることが多く、
嬉しいことのはずなのに、なんでこんな気持ちになってしまうんだろうと
自分を責めました。
妊娠10週ぐらいの時に悪阻がピークになり、
心身のしんどさが相まって、
こんな弱い自分に子供が育てられるのだろうかと泣いてしまう夜も。
こんなしんどい期間がいつまで続くんだろうと主に吐き悪阻だったので、
ご飯もまともに食べられず赤ちゃんに
栄養が不足してしまってるのではという点でも悩みました。
その時期が一番きつかったですね。けれど悪阻が落ち着き胎動を頻繁にしっかり感じるようになった時に
とても愛おしく感じてわたしは一人じゃない、
この子のためならなんでもできると思えるようになり、
まずはわたしが元気でいなければ!と赤ちゃんに教えてもらいました。
悲観的にならないように、妊婦のうちに出来ることをしておこうと
喫茶店でゆっくりしたりしたのも良い方法だったと思います。
どうしても気が張り詰めてしまいがちになると運動も兼ねて、
散歩に出てリフレッシュしていました。
時々赤ちゃんに話しかけながら。
今思えばあの頃もすごくかけがえのない日々だったように感じます。
なんとかマタニティブルーを乗り越え、その後は比較的穏やかに過ごせて、
予定日を迎え子供に会えた瞬間に辛かったあれやこれやは
全て飛んでいく気持ちになりました。
妊娠してすぐから一日中つわりで吐き気と戦っていました。
妊娠が分かったときはとてもうれしかったのですが、
思った以上につわりが重く、
妊娠4か月経ったころから妊娠生活が辛くて仕方なくなりました。
食べるとすぐに吐き気がしてすべて吐いてしまうのですが、
胃の中が空になっても吐き気は続き胃液に血が混ざるようになりました。
主人は私が隣で吐き続けているのにまったく気づいてもくれず寝ていました。
休日も家事などは何も手伝ってくれず、
私はつわりと戦いながら家事をすべて完璧にこなし、
妊娠前より5キロ痩せてしまいました。そのうちつわりは落ち着くはずだと自分に言い聞かせて
どうにか頑張っていたのですが、
私の変化に何も築いてくれない主人に対して苛立ちや不安が大きくなり、
主人が仕事に行っている間や、寝た後に一人で毎日泣くようになりました。
生まれた後も主人は何もしてくれないだろう、
こんな主人の子供を産みたくない、
子供を愛せる自信がないと毎日毎日一人で悩み続けました。
妊娠8か月の検診で医師に赤ちゃんは育ってはいるが、
私の体重がどんどん減っていることを心配され、
助産師に妊娠・出産について不安などがあれば話をしてみてと言われ、
助産師外来で今思っていることを全部話助産師さんの前で、
声を出して大泣きしてしまいました。
今まで誰にも言えなかったことをすべて話せ少し心は楽になりましたが、
あと何か月もこのままつわりの状態で主人との結婚生活を、
続けていける自信はなかったので、
助産師さんや医師の勧めで1週間入院をすることにしました。
入院中は何もしなくていいし、主人と関わることもなかったので、
つわりで辛いものの心は楽になりました。
私が入院するほどのつわりだということを知った主人もさすがに危機感を感じたのか、
自分のことは自分でやることになり、退院後はできる限り、
私の手伝いをしてくれると約束をしてくれました。
結局出産した当日までつわりで苦しみましたが、
主人が心を入れ替えて手伝うようになってくれたので、
どうにか妊娠を乗り切ることができました。
私は入院という形で主人から逃げることで
マタニティブルーを解決できたのではないかと思います。
妊娠が分かって三ヶ月ほどした頃でした。
ふと、産後実母に手伝いに来てもらえるか考え出したときに、
無理かもしれないと不安になりました。
我が家は夫私両方とも実家から遠い場所にあります。
そのため、産後里帰りはできないと考えていました。
実母が手伝いに来てくれる約束でしたが、夫が本当に手伝いがいるのか、
疑問を口にしたのを聞いてしまったんです。
実母を呼んでいいかどうか夫を納得させなければならないと言う面倒さや、
夫から「手伝いありきで考えている幼さ」を指摘されたような悲しみが、
どっと押し寄せてきました。
それからは、ネットで産後手伝いなしで子育てした体験談を読みあさり、
自分はそこまで頑張れないと落ち込みました。
特に、ネット上で「妊婦が悲劇のヒロイン思考になってる」などと、
妊婦をおとしめるような意見を見て、暗い気持ちになりました。
夫とネットと両方から責められているような感覚で、
毎日泣いて過ごしていました。
何もないのに涙が出る日が続いて、自分が弱っているなと感じました。
もしかして、マタニティブルーなのかもと思いました。
一番辛かったのは、一緒に助け合いたい夫が敵に見えていたことです。
パパママ教室に行くと、仲の良さそうなご夫婦を見て更に落ち込みました。
毎日夫が仕事から帰ってくる時間になると涙が出ました。
このままではいけないと思ったのは、
エコー写真であかちゃんの顔の部分が写ったときです。
エコー写真を眺めながら、
これじゃあダメだとぼんやり感じたのを覚えています。
それからは、とにかく好きなものを食べました。
太ってしまうかもと思って我慢していたハンバーガーをガッツリ食べました。
ファストフードのポテトもたくさん食べました。
一番の転機は、夫にハンバーガーセットを買いに行ってもらったことです。
それからは、自分の要望をガンガン夫に伝えました。
産後の実母の手伝いも「来てもらおうかな」という相談ではなく
「来てもらうから」と、決定事項として伝えました。
好きなものを食べて気力が戻り、自分の意見をはっきり言うことができると、
ネットの意見も全く気にならなくなりました。
妊娠したかな?と思うと同時に「つわり」が始まりました。
食べる事が大好きな私が何も食べ物を受付けないのです。
「あれなら食べられるかも!」と頭に浮かぶものでも、
実際に目の前にあると気分が悪くなります。
ムカムカして気分も優れず家でゴロゴロして過ごす毎日が、
1ヶ月続いた頃でした。
主人は仕事絡みの飲み会が多く帰宅時間もマチマチです。
「何で私だけこんなにキツい想いをしないといけないの?」
虚しい気持ちになりました。
その頃の私は訳もわからず涙が止まらなくなったり、
無性に主人に腹が立ったり。
「これがマタニティーブルーか?」ハッとしました。
すぐに母に相談しました。
母は私を外に連れ出してくれました。
毎日のように散歩やウィンドウショッピングに付き合ってくれました。
いっぱい話をしながらのんびりした時間を過しました。
妊娠4ヶ月半ばまでつわりは続きましたが、
泣いたり主人に八つ当たりをする事は徐々になくなりました。
その頃の私は「不安」に押し潰されそうになっていたのだと思います。
母のサポートで私は救われました。
主人もマタニティーブルーの事を知り寄り添ってくれました。
胎動を感じ始めた頃から私の「不安」は「母親になる期待」へと変化しました。
妊娠がわかり、初期の悪阻が酷いときと、
臨月に里帰りしたときにマタニティーブルーになりました。
マタニティーブルーだとわかったのは主人に今の時期は仕方ないよね、
一緒に乗り越えようねと声かけされて気付きました。
一番辛かったのは全てのことを悪い方に考えて、
涙が止まらなくなることです。
悲劇のヒロインになったかのように毎日泣いていました。
悪阻がひどい時に普段、飲み会を断る主人が珍しく飲み会に行き、
2時間で終わると聞いていたのに3時間経っても帰ってくる連絡がこず、
事故にあったんじゃないか、実は外に女が出来て女といるのではないかと、
根拠もないのに考えてしまい、暗い部屋でひとり泣いていました。
帰ってベロベロに酔っ払った主人の背中を見て、
泣いて眠れない夜を過ごしていました。
臨月に里帰りしたときは、週末に主人が実家に帰ってきてくれただけで、
泣いていました。
私は思っていることや考えていることを隠さず、
泣きながら主人に全て話し、聞いてもらいました。

主人に手を握りながら聞いてもらい、
話しているときは否定もしないで「うんうん」と聞いてもらうようにしました。
すると、心がスーッと軽くなり、
翌日にはブルーにならず明るく過ごすことができました。

やはり妊娠初期はつわりの苦しさがきっかけになって、
気分が落ち込んでいく人が多いようですね。
そしてマタニティブルーが解消されるきっかけになるのが、
胎動であったり、エコーで見た赤ちゃんの姿だったというのが印象的です。
まさに母親になることを実感する大きな出来事だということでしょう。
誰かに感情にフタすることなく自分の気持ちを伝えられた時、
マタニティブルーが解消されていく経験を読むと、
誰かに素直にSOSを出す大切さを教えられます。

妊娠後期のマタニティブルー経験談

私のマタニティーブルー体験は妊娠7ヶ月頃に始まりました。
お腹が少しずつ大きくなり始めたのと、
出産までまだまだ期間があるのに、
グングン増える体重をコントロールする事が出来ず、
体重計に乗るのが本当に苦痛で何をするのもおっくうになり、
体重が増えるたびに落ち込んでいました。
お腹が大きくなり始め、
いよいよ自分のお腹に新しい生命が宿っているという実感が
持て始めた頃でもありましたが、それがとても重荷に感じ、
責任重大だと感
じ、それがマタニティーブルーにつながっていったんだと思います。
お腹が大きくなってくると、やはり体調が変わっていきました。
早く歩けなくなったり、ちょっと慌てると、
お腹が張ったり貧血気味になったり。
日々変わっていく自分の体調についていけず、
妊娠前と同じように動き回ろうとしてしまう
自分の気持ちを抑えるのが大変でした。
妊娠を機に仕事を辞め、Uターンして実家に帰りましたが、
仕事が出来る訳でもなく、ただただゆっくりと
生活しなければならなかったのが、何より辛かったです。
何もせず実家で出産を迎えるまでのんびり過ごしていたら
鬱になってしまいそうで、とにかく何かしなきゃ!と考え、
やり始めたのがwebライターでした。
自分の空いた時間に仕事できるのはとてもありがたいことです。
暇で悶々とすることはなくなりました。そしてその頃、Uターンしてしばらく経っていたのですが、
住んでいる場所がとにかく田舎で、
車がないとどこにも行けないような所だったので、
思い切って車の運転免許を取りに行くことにしました。
妊娠8ヶ月に入るあたりでした。
家族に心配されつつも、教習所まで徒歩30分かけ毎日通い、
なんとか臨月で免許を取得できました。
今は子供は2歳になりましたが、
あの時本当に免許を取っておいて良かったと心底思います。
長く勤めていた仕事を辞め、急に自分の時間を持て余し、
何をしていいのか分からない方もきっと大勢いらしゃることでしょう。
そんな時は何かの資格を取ってみるといいと思います。
子供が生まれてからでは持てない貴重な時間なので、
自分のために有効に使いましょう!
わたしは双子だったので、体が動かなくなるまでのスピードが、
予想以上に速かったです。
絶対安静だったので、子どものものが全く揃えられず、
姑は後期つわりで胃の位置が上がって苦しいのに、
凝った食事を食べさせせられて辛かったです。
ありがたいけれど食事が苦痛で、動きたいのに買い物にも行けないので、
だんだん焦りと身体的な辛さで辛くなり
、夜になると涙が出ました。
夜活発な胎児がお腹を蹴ってくるのも睡眠不足になって、
日中でも「しんどい、解放されたい」と思う日が増えてきました。
マタニティーブルーだったのだと思います。
自分の体だが思うように動かせないことが、
こんなに滅入ると思いませんでした。
わたしがマタニティーブルーを乗り越えるためにしたことは、
双子のサイトなどもよく見ました。
赤ちゃんのこと自体考えたくないときは、や海外のドラマのDVDを見て、
できるだけ非日常の世界に浸っていました。
着せ替えアプリも楽しく、やりこみすぎて、
ユーザー2位になってしまったこともあります。
双子なので参考にならないかもしれませんが、
期間限定なので好きなことを好きなだけして過ごしました。
私のマタニティブルーは仕事を辞めた、
5か月目くらいから始まりました。
結婚して知らない街に引っ越し、
仕事を辞めてしまっては主人がいないと
誰とも話す事無く1日が過ぎていくのに、
虚しさを感じていた
からだと思います。
産院が少し離れていたため、プレママ教室でも友達ができず、
行くのを辞めてしまいどんどん外に出なくなりました。
主人は仕事の付き合いで出かけることもあるのですが、
泣いて文句を言って困らせていました。
知らない街だとどこに何があるのかも分からず、
途中で体調が悪くなったらどうしようなどと思うと、
うかつに外にも出られません。
いや、でられるんですけどね、何かと悪い方に悪い方に考えてしまうものですね。
8か月を過ぎておなかがかなり目立つようになってきたときに、
ふと、このままだと良くないなと思い、
主人が仕事の平日は実家に帰ることにしました。
知ってる場所だと、出る気になりますね。
産後に備え行ってなかった美容院に行って歯医者で検診してもらって、
旧友とランチに行ったり。

そこから出産までマタニティーブルーにならずに過ごせました。
マタニティーブルーはなっている時は自覚できない方が多いかと思います。
実際私もあの時あんなに主人に当たっていたのは、
マタニティーブルーのせいかと笑い話になっています。
体調に気を付けつつも、自分の気持ちとも向き合うことも大切だと思います。
おかしいと感じたのは妊娠後期の頃でした。
仕事も辞め、一日家にいる事が多くなりましたが、
何をする気にもならずいつも気分が落ち込んでいました。
初めは家に閉じこもって誰にも会わないのが
原因だと思っていたのですが、
買い物に行ったり友達と会っても、
帰ってきて家で過ごす時には無気力に戻るという繰り返しでした。
ただ一人気分が下がるだけならよかったのですが、
だんだん夫の行動一つひとつが気にかかるようになり、
以前は気にならなかったような些細な事でイライラしてあたってしまいました。
自分でコントロールする事もできないほどのイライラに、
これがマタニティーブルーなのだと思いました。
自分の気分の上り下がりで夫を振り回してしまい、
冷静になった時はその罪悪感で辛かったです。
夫にはマタニティーブルーで自分がこんな風になっているという事を
分かって欲しかったので、その後気分が落ち着いている時に、
イライラする事も多いけどごめんねと話し、
マタニティーブルーの事を理解してもらえるようにした事で
気が楽になりました。
しかしイライラは止めれない事が多くあったので、
そういう時は感情任せに夫にぶつけるのではなく、
夫となるべく口を利かず距離を置くようにして、気持ちを晴らすために、
スマホにイライラを書き綴ったり悔し涙にする事で発散し、
落ち着いた時に夫には話すようにしていました。
また、過去の二人で撮った写真や出会った頃を思い出して、
こんな大切な人を振り回すのはやめようと思う事で
自分をなだめていました。
初めての妊娠をして、産休に入るまでは毎日仕事、
家事と忙しく過ごしていたのですが、
妊娠9ヶ月に産休に入り毎日家に居るようになり、
家事をしたくてもお腹が重く思うように動かなかったり、
睡眠も上手くとれなく、体重も増え妊婦健診ではお医者さんに怒られ、
自分にきちんと育児が出来るのか、
赤ちゃんには早く会いたいけど陣痛が不安で仕方無くて、
気持ちがいつも不安定でした。友達に相談した所「それマタニティーブルーだよ」と言われて
気づく事が出来ました。
何より1番辛かった事は不安な日々を過ごしてる時に、
実親や義両親から「産まれそう?」「陣痛来た?」
しまいには「まだ?」と毎日何かしら連絡が来た時は
大泣きして旦那さんに当たり散らしてしまいまたが、
旦那さんが優しく対処してくれたので落ち着く事が出来ました。
そして旦那さんが休みの日に「少し出掛けよう」と、
大きなショッピングモールへ連れて行ってくれて、
ウィンドウショッピングを楽しみました。
もともと洋服が好きだったので
「出産後にこの服着たいなー」と色々考えたりとても楽しい気持ちになれ、
ゆっくりですが沢山歩いたのも良かったのか、
その日は一日中気分も良く過ごせ「これは良いかも」と思い、
その後も時間のある時は、1人で平日に近所の小さいショッピングモールで
のんびり散歩がてら過ごしました。
真夏の暑い時期だったのもあってか快適に過ごせ
リフレッシュも出来、無事出産を迎える事が出来ました。

妊娠後期のマタニティブルーはいよいよお腹が大きくなってきて、
思うように自分の身体が動かなかったりすることから、
気分が落ち込みやすくなるようです。
特に妊娠前は活動的だった人ほどそのギャップに苦しむのかもしれません。
もう残り少ない妊娠期間を前向きにとらえて、
しばらく行けなくなる美容院や歯医者さんなど自分のケアをすると、
気分転換になりますね。

まとめ

今回は産前のマタニティブルーを経験した先輩ママたちの体験談をまとめました。
今は苦しいけれど、自分の好きなことをして気力を取り戻してくださいね。
好きなものを食べたり、好きな写真を眺めたり、簡単なことでいいんです。
ちょっとしたことが切っ掛けになって、気持ちが切り替わるかもしれません。
自分に合ったリフレッシュ方を探すのは大変かも知れませんが、
妊娠する前に好きだった事や趣味を思い出してみて没頭するのも良いと思います。
好きな事をしてる時は楽しいものですからリフレッシュになりますよ。

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